「あなたはコンピュータを理解していますか?」(梅津信幸著:ソフトバンク・クリエイティブ刊:サイエンス・アイ新書)
以下「あとがき」から引用する。
「当たり前のことですが、限られたページ数や時間で、コンピュータのすべてを学ぶことは不可能です。でも、どうにかして、この素晴らしく、興味深く、そして芸術的でさえある「コンピュータ」という存在を、一人でも多くの方に正しく理解してもらいたい。このゴールに、一歩でも1㎝でも可能な限り近づくには、どうしたらいいか?
いろいろ悩んだあと、わたしが出した結論は「読んだ人が、コンピュータについて学び続けるきっかけとなる本にしよう」というものでした。
知識だけなら、いつかは尽きてしまいます。しかし「学ぶ姿勢」を身につければ、コンピュータへの理解はいくらでも深くなって、尽きることはありません。読者の頭の中に眠る、このコンピュータへの好奇心の泉を掘り当てることこそ、わたしがこの本で目指したことでした。」(P.240)
「たとえ話や比喩が極端に多いのも本書の特徴です。科学や学問とは「具体化」と「抽象化」の間を、行ったり来たりする知的作業です。比喩は単に、話をおもしろおかしくするものではありません。この具体化と抽象化の間を「行ったり来たり」する訓練に、とても役立つものなのです。
比喩を使って説明するということは、元の話とたとえ話の両者に共通する性質をうまく取り出して、その話題を身近で具体的に感じられるように、変換することです。それぞれの具体的な話題(具体化)と、それらに共通するいくつかの本質(抽象化)。この二つのほどよいバランスがとれたとき、あなたはそれを「理解した!」といえるのです。
難しいことを難しいまま説明することは、ある意味とても簡単です。だって、自分だけが理解していればいいのですから。難しいことを、知らない人にどれだけやさしく説明できるか?いかに本質だけを取り出してたとえ話にできるか?それができる人こそ、真に理解している人だと私は考えています。逆にいえば、比喩で説明できない人は、頭の中でそれがちゃんと整理されていません。」(P.241~P.242)
私はこの意見に与しない。比喩を使った説明には限界がある。この本でも決して成功していない。ところでこの本は、どのようなレベルの読者を対象としているのだろうか。そこが分かりにくい。いったい何を説明するつもりでたとえ話をはじめたのか、疑問に思うことが多かった。
有限オートマトン、チューリングマシン、ゲーデルの不完全性定理など出てくるが、この本の説明で、少しでも理解できるだろうか。
さらに問題だと思うのは、これらの難しい事柄のさきに豊かな世界が広がっているのだというところがほの見えてこない。何も知らない読者は、きっと興味を持ってその先に進んでみようとは思わないのではないか。
たとえば、チューリングマシンから、PとNP問題、山口人生と進めば2ちゃんねるの数学板に行って楽しめるだろうに。(笑)
わたしも以前は、「数式を使わない量子力学入門」というたぐいの本をずいぶん読んでみたものだが、つまるところ数式をバリバリ使っている「今日から使える量子力学」(岸田正剛著:講談社サイエンティフィック)を読んで、やっとおもしろさがわかった気がした。(理解できたとまではいえないだろうが)
難しいものは簡単な比喩を使ったくらいでは理解できない。
「不完全性定理」(ゲーデル著:岩波文庫)の「まえがき」にはこうある。
「ほとんど予備知識の無い人が、入門書だけを読んで不完全性定理の数学的内容を理解することは不可能である。この定理を数学的にも理解したいならば、まず数理論理学の教科書を読む必要がある。」
話がもう一度戻るが、この本は読者をどのあたりに定めたのかがわからない。
各章のキーワードだけ拾うと、エントロピー、チャネル、有限オートマトン、メモリ階層となる。読者をふつうのプログラマに設定したというより、大学でコンピュータ科学を学ぼうかという高校生、中学生あたりだろうか。
「まえがき」では「いちおうコンピュータを使える気になっている人」などとなっているのだが残念ながら試みは失敗したようだ。
今回は書評みたいになってしまった。(笑)
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