山本夏彦さんの文章は以前にも引用したことがあるが、山本夏彦さんは「辛口のコラムニスト」と呼ばれていた。本人は「よせやい、カレーライスじゃあるまいし」と笑っていたそうだが。
雑誌「諸君!」に連載していた「笑わぬでもなし」で「無想庵物語」が始まって、山本夏彦さんが単なる「辛口のコラムニスト」ではなかったことを知った。
話は飛ぶが、わたしは若いころアナーキズムに興味があって、石川三四郎など日本人アナーキストを読んだことがある。
そのうち辻潤を読み始め、ついには辻潤著作集(オリオン出版社刊:全6巻、別巻1巻)まで買ってしまった。
辻潤の全集を持っている人間はそう多くはないだろうと思う。(ちょっと自慢)
ただ、辻潤はアナーキストとはいわず「ダダイスト」というのだそうだ。
大正12年、関東大震災のとき、大杉栄と伊藤野枝は憲兵隊の甘粕中尉に殺されたとされる。そのとき小学生くらいの親類の子どもも殺されたのだが、辻一(まこと)と間違えたという話である。
ちなみに「甘粕大尉」(角田房子著、中央公論社刊)によれば、甘粕大尉こと甘粕正彦はなかなかの人物で、その後、大東亜戦争のとき満州で活躍している。
Amazonにあった角田房子著「甘粕大尉」の書評を引用する。
「甘粕は大杉事件により、30過ぎで早々に軍人としてのキャリアを捨て、その後の20数年の軍外での人生、特に満州での約15年の暗躍が、甘粕の名を歴史に刻むことになる。
それにも関わらず、本書のタイトルは「甘粕正彦」ではなく「甘粕大尉」である。
それには、2点意義がある。
そのことが甘粕の評価を高め、同時に甘粕を近寄りがたい男にもした。
そして次に、皮肉なことに早々に軍人の道を外れた甘粕こそが、昭和期を通じて、陸軍の最も理想的な軍人の一人であったという事実。
強い愛国心と天皇への忠誠心、規律を遵守する強い意志、目的達成のために慣習に囚われない合理的思考、組織を統率するための強いリーダーシップと部下へ優しさや人情味、人脈作りと情報収集能力、どれをとっても並の軍人には及ばない実力を、甘粕は満州で発揮した。
本書は甘粕の裏面(諜報活動や阿片取引など)について詳しくは述べてはいないが、甘粕が表社会でも裏社会でも人望を得た背景にある複雑な人間的魅力を、著者は丹念に説明している。
同時に、表紙の写真が、澄み切った強い意思と冷酷さ、大いなる諦念が共存している甘粕の魅力を物語っている。」(9 人中、9人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。)
辻一(辻まこと、と書かれていることも多い)は、「山の声」「山からの絵本」「山で一泊」「すぎゆくアダモ」などの画文集で知られる。
辻潤の息子であることと、名前が同じ「まこと」なのでよく読んだ。
山本夏彦さんは、その辻一と一緒に、武林無想庵に連れられてパリにいたことがあるらしい。無想庵の娘イヴォンヌ(純粋の日本人)と関係があったのかなかったのかはわからない。
武林無想庵は帰国してみたら、友人山本露葉が死んでいたので、その忘れ形見夏彦をフランスに同行させたらしい。
それで、辻潤---辻一(まこと)---山本夏彦--武林無想庵の関係を知ることになった。
乱読していると、そのうち結びつくことがある。面白いものだ。
辻一の本は面白く読んだのだが、山本夏彦さんによると作品はあまりよくないという。
著者本人を知っていると素直に評価できないものだとも書いている。そうなのかも知れない。
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