「数のコスモロジー」(齋藤正彦著:ちくま学芸文庫)
「≪≪逆ポーランド記法と日本語≫≫
(ポーランド記法の説明があって)
さて、演算子を左に書く必然性も論理的にはないので、それを全部右に出して書くこともできます。これは逆ポーランド記法と呼ばれるもので、これも括弧なしで、一義的な解釈しか許しません。たとえば、
x+y は xy+ と書き、
x×(y+z) は xyz+×
と書きます。また、
x×(y+z)=(a+b)÷(c-d) は
xyz+×ab+cd-÷=
と書くのです。
さて、普通の記法で≪x+y=z≫となるものを、≪x足すyはz≫と読むのは、ただ式を棒読みしたもので、本来の日本語ならば≪xにyを足したものはzに等しい≫と読むべきであることを前に言いました。
この式を逆ポーランド記法で書くと、≪xy+z=≫となり、本来の日本語の語順とまったく一致することが分かります。
もっと複雑な式を読んでみましょう。
x×(y+z)=(a+b)÷(c-d)
は、逆ポーランド記法では、
xyz+×ab+cd-÷=
となり、日本語では、
xにyにzを足したものを掛けたものはaにbを足したものをcからdを引いたもので割ったものに等しい
となります。
この日本語の語順も逆ポーランド記法とまったく同じです。これはいちじるしい事実です。
こういう日本語は普通使わないので、少し変に感じられるかもしれませんが、しかし日本語として少しもおかしなところはありません。もうひとつ、変に感じられる理由として、句読点が全然ない、ということがあると思います。
これはわざとそうしたのです。すなわち、この一見複雑な日本文には句読点が要らない、ということを際だたせるためにそうしたのです。
この文は一通りにしか分析できず、したがって一通りの解釈しか許しません。逆ポーランド記法の利点と同じ利点を日本語も持っているわけです。
だから、日本語に句読点が発達しなかったのは、日本語が英語ほどには句読点を必要としなかったからだ、と言うことができると思います。日本語が英語に比べて論理的でない、などということには何の根拠もありません。
≪≪おわりに≫≫
句読点は、括弧の不完全な使用に代わるものと考えることができます(用法には若干ずれもある)。
音声言語における抑揚や音の切れ目に代わるものとして、書かれた言語には単語の分かち書きや句読点があるのでしょう。日本語には分かち書きもありませんが、それでも大して不便に思わないのは、日本語の音韻の特質と同時に文法構造にもよるのだと思います。
日本語と逆ポーランド記法との語順の一致は人を驚かせますが、これを過大視してはいけません。
日本語には助詞がたくさんあって、そのおかげで語順はかなり自由なのです。また、語順の一致は単文の場合だけです。
≪これは私のかいた絵です≫
≪2に足して5になるのは3だ≫
という場合、語順は逆転しています。見方を変えると、語順が変わっているのでそれが従属句であることが分かり、したがって関係詞に対応するものがいらないのだ、とも言えます。
日本語は論理的でない。関係詞がないから、複数形がないから、冠詞がないから、主語がはっきりしないから、分かち書きしないから、音節文字だから、・・・・・。こういうたぐいの≪説≫にまどわされてはいけません。
内在する論理性が表面の日本文にどう表現されているかを、日本語に即して、自分の頭で考えてみましょう。」(P.189~P.192)
参考文献に三上章の『象は鼻が長い』(くろしお出版)が挙げられている。
「≪は」も≪が」も主語を表すのだから論理的には同じことだ、などと思ってはいけません。
『象は鼻が長い』という題で、≪は≫の役割を論じた本さえあるほどです。日本語には、英語におけるのと同じ意味での主語などないと考える方が自然です。」(184)
という言葉もあるのだから当然か。
ところで、『象は鼻が長い』のことは『日本語に主語はいらない!』(金谷武洋著:講談社選書メチエ)で知った。副題が「百年の誤謬を正す」だったので、三上章のことは誰も問題にしたことがなかったのかと思っていた。
偉い数学者が「主語などないと考える方が自然です。」とまで言い切っているとは知らなかった。
逆ポーランド記法はコンピュータの仕事に携わっているのなら、知らない人はいないだろうが、日本語の語順と同じだという指摘は初めて聞いた。
逆ポーランド記法に変換されていれば、スタックを使ったプログラムで簡単に計算ができる。
このブログは勉強になるな。(笑)
勉強になります!
ところで鼻の長いのは象ではないでしょうか?
鼻の下が長い人はいっぱい居ますが(笑
投稿情報: け | 2008年1 月22日 (火) 15:08
いや、お恥ずかしい。
「像は鼻が長い」は間違いで「象は鼻が長い」でした。
『象は鼻が長い 』は持っていますが読んではいません。
ご指摘いただき、ありがとうございました。
投稿情報: 鈴木 信 | 2008年1 月22日 (火) 15:36